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息子の眼鏡デビュー

息子が生まれたのは、日曜日だった。

彼が産まれた日は、今も家族で語り継がれる
笑い話のイキサツがあるのだが、それは別として。

分娩室に呼ばれた私は、産まれたての息子と
初めて対面したとき、何より右目瞼を開いて
いなかったことが、気になったのを覚えている。

心配して、すぐに看護婦さんに、尋ねると、
それで気がついたように、彼女はおもむろに
指で息子の瞼をこじ開け、にっこり「大丈夫ですよ、
男の子です。」と言ってくださった。。
もう8年も前のことである。

見た目は、ぱっちり二重の男の子。
ただ、視力において、左目が裸眼で1.2なのに、
右目が0.5しかない。彼の視力の話になると、
つい、その光景を思い出してしまう。

先日、孫が野球を始めたことを知った義父が、
仮性近視なら矯正が間に合うとばかりに、
春休み中の息子を眼科に連れて行ってくれた。

その日の夜、「次回に本当の視力を測るために
瞳孔?を開く処方を受けている」という説明を
簡単に聞いていた私は、その処方して頂いた
目薬を彼に点したところ、急に「文字が読めない」
と言い出して、慌ててしまった。

よく見ると、目薬には、「調節麻痺剤」や
「劇薬」という文字。早速、病院や義父に
電話して大騒ぎした結果、どうやら、ピントも
合わなくなる点眼剤で間違いないとのこと。
よって、本が読めない状態で、1週間を過ごした。

今でこそ、私も眼鏡をかけるようになったが、
20歳くらいまで両目とも1.5の視力に恵まれていた。
眼科には縁遠かったので、本件は経験者である
義父と女房に任すことにした。

聞けば、女房は小学1年生から、同様の理由で
眼鏡をかけ、僅か3−4年で悪いほうの視力が0.5も
上がったらしい。ちなみに、義父が息子を連れて
いった病院は、彼女が通院していたところを同じ。
思えば、義父は、早くから彼の視力を気にかけていた。
この4月で小学3年生になる春休み。もはや居ても
立ってもいられなかったのだろう。

結局、息子は、遠視であることがわかった。
但し、左右を矯正した視力は自力で1.2あるそうだ。
つまり、普段の生活では、無意識にピントを左目に
あわせているため、支障が無いが、このまま右目を
あまり使わずにいると、右目は悪くなる一方だそうだ。
最悪、斜視になる可能性もわずかばかりあるらしい。
この通院は、間違いなく、義父の殊勲打である。

そこで、右目を使いながら視力を回復する治療と
いうことで、結局、矯正眼鏡を作ることに。。

息子が眼鏡くんに?? 想像していなかった。

軽いショックを受けたのは、女房も本人も同様である。
特に、女房は昔の苦い思い出があるのか、出来れば
眼鏡は避けたかったらしい。子供は残酷なまでに、
思いついたまま、フィルターをかけずに表現してしまう。
奇しくもクラス替えのある小学3年生の春であった。

先週末、その眼鏡が出来た。
やはり、見た目の印象はかなり変わる。
ハリー・ポッターに似てる?と言ったら、
何故だか可笑しさがこみ上げ、3人で大笑いした。

その後、出来立ての眼鏡で、初めて少年野球の
練習にいった際、チームメートから、早くも
ハリー!というニックネームを頂戴した。

やはり、思いついたまま、フィルターをかけない。

しかし、考えてみれば、非常に幸運である。
ここは、山ちゃん!でなかったことに感謝しよう。

この日、息子は初めて、外野フライが捕れた。
今まで片目で見ていたため、遠近感を掴めなかった
のであろう。考えてみれば、速い送球にも捕球が
追いつかないのは、そのせいもあるかもしれない。

いつか眼鏡を外せるときがくるのを信じて、
今は息子の眼鏡生活を楽しむようにしたい。

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