城東地区リトルリーグ審判講習会
先日の日曜日、どうしてもとお願いされて、
リトル・リーグの審判講習会に参加させて頂いた。
実は、息子がリトル・リーグに入団して、最初に
驚かされたのが、子供の練習や試合に対する大人達の
手厚いサポートであった。
辺鄙な場所にグラウンドがあるので、親の送り迎えは
覚悟していたが、実際の練習の手伝いから、コーチ達の
食事やコーヒーの用意、練習試合のアナウンスから審判、
バックボードの裏方仕事、ときにはグラウンドの修繕や
改修工事まで、あらゆる仕事が、親達を始めとする大人
たちの手で、行われている。
初めは感心していたのだが、近頃は少々手厚すぎるのでは
ないかと感じてきた。自分の子供の頃と、比べてはいけない
のだろうが、我々の頃は、子供だけでなんとかしたものだ。
バックボードやフェンス付きのグラウンドで、大人の審判を
付けた試合など、そもそも恐れ多かったし、初めてそうした
試合をさせてもらったのは、中学の野球部時代の地区大会と
記憶している。それもかなり勝ち上がってのことだった。
リトル・リーグの審判講習会に参加させて頂いた。
実は、息子がリトル・リーグに入団して、最初に
驚かされたのが、子供の練習や試合に対する大人達の
手厚いサポートであった。
辺鄙な場所にグラウンドがあるので、親の送り迎えは
覚悟していたが、実際の練習の手伝いから、コーチ達の
食事やコーヒーの用意、練習試合のアナウンスから審判、
バックボードの裏方仕事、ときにはグラウンドの修繕や
改修工事まで、あらゆる仕事が、親達を始めとする大人
たちの手で、行われている。
初めは感心していたのだが、近頃は少々手厚すぎるのでは
ないかと感じてきた。自分の子供の頃と、比べてはいけない
のだろうが、我々の頃は、子供だけでなんとかしたものだ。
バックボードやフェンス付きのグラウンドで、大人の審判を
付けた試合など、そもそも恐れ多かったし、初めてそうした
試合をさせてもらったのは、中学の野球部時代の地区大会と
記憶している。それもかなり勝ち上がってのことだった。
大人のサポートがあまりにも忙しいので、野球とはこんなにも
裏方がいないとできないスポーツだったのかと驚いたりしている。
リトル・リーグという機関では、こうしたことを親が行うことが
当然になっている。これで、子供が上達しないわけはない。
親は子供がリトルを卒業してしまうと、同時にボランティアも
卒業してしまうのだが、完全なボランティアで、コーチや組織の
運営を行われている方々は、もうずっと何十年も毎週グラウンドに
来て、汗を流していらっしゃる。これこそ本当に頭が下がる思いだ。
ようやく本題に移れるわけだが、こうした方々に、お願いされて
しまうと断れるはずはないのである。
うちのチームからは、今年は三名の参加。一人だけは審判歴
三年、私を含めた残り二名が初参加だ。審判歴三年の方は、
お子さんが三年生と六年生で、その下に今年一年生になる
息子さんの入団を控えているという。都合あと8年、この
生活を覚悟されているというが、とても明るくて、楽しい
クレバーな方だ。某有名電子機器メーカーで、精密機器の
メカ部分の設計をされてらっしゃるそうだ。
当日早朝、恐縮だったが、自宅まで車で迎えに来ていただき、
もう一人を神田で拾った後、大宮市にある会場に8時前に到着。
すでに60〜70人の方々が今日のために集合されている。
指導される教官もすでに10名ほどいらっしゃった。
早速、ランニングから体操に始まり、発声練習をするあたりで、
私は大きな勘違いをしていることに気がついた。
ここに集まった方々、特に教官の皆さんは、(当たり前の
ことだが)真剣である。リトル・リーグのために、あるいは
自身の趣味のためかもしれないが、素人の我々を後進として、
真摯に教えてくださっている。こちらも真剣に取り組まな
ければ、大人として恥ずかしい。それから、気を入れなおして、
講習に望んでみると、実に感心させられることが多かった。
たとえば、ストライク、ボールの判定の基本。
私も長年野球をやってきたわけだが、恥ずかしながら、
生まれて初めてストライクの定義が明確になった。
また、指導では、外角球を広く取って、投手を育てるという
育成面での方針も取り入れられていることも新鮮に映った。
大人がよい意味で子供の将来を伸ばそうと意図されている。
ストライク判定では、ホームプレートより、外角にボール一個分
外れていても、実際にはバッターのバットは十分届く。
キャッチャーが投球前に意図的にそこに構えていた場合に限り、
外角ボール一個分外れていてもストライクとなるのだそうだ。
ただし、捕手が最初インコースに構え、投球が逸れて外れた場合は、
同じコースでもボールと判断される。
現在はバットの性能も上がっているので、ストライクゾーンを
投手側に厳しく狭くしてしまうと、投手が育っていかないのだそうだ。
特に、左投手のクロスファイヤー、つまりホームプレートの
対角線を通過する投球もホームプレートの角をかすめていれば、
必ずストライクを取るように指導された。
思えば、私が野球をやっていた頃は、審判のストライクゾーンの
徹底がなされておらず、こうしたルールを活用した技術は全く役に
立ってなかった。
審判技術が向上し、ルールの基準も徹底されれば、
格段に野球がやりやすいことは言うまでもない。
逆に言えば、これが無いと、プレイヤーは自分の技術を
研鑽できないし、自信を持ってプレイできない。
当たり前のことであるが、これまでの私の野球観では
ずっと無視されていた。サポートに頼れなかったからだ。
これから私はどのように息子の野球と関わっていくのか、
正直まだわからない。しかし、このように真剣に
ボランティアとして、子供の育成に関わる大人が沢山いる
ことは忘れるわけにはいかない。
思えば、ずいぶん長い間、こうした人達と出会ってこなかった。
独身が長かったからであろうか? 子供ができ、その子供を通じて
社会に参加すると、こうした人たちとの接点ができてくる。
私は子供たちにとって、一体どういう大人になってゆくのだろう。
そろそろ私にも、そんな観点での社会参加が要求されてきた。
自分の無理のない範囲で、自らが積極的になれる分野での
ボランティア参加の形が理想だと思っている。
裏方がいないとできないスポーツだったのかと驚いたりしている。
リトル・リーグという機関では、こうしたことを親が行うことが
当然になっている。これで、子供が上達しないわけはない。
親は子供がリトルを卒業してしまうと、同時にボランティアも
卒業してしまうのだが、完全なボランティアで、コーチや組織の
運営を行われている方々は、もうずっと何十年も毎週グラウンドに
来て、汗を流していらっしゃる。これこそ本当に頭が下がる思いだ。
ようやく本題に移れるわけだが、こうした方々に、お願いされて
しまうと断れるはずはないのである。
うちのチームからは、今年は三名の参加。一人だけは審判歴
三年、私を含めた残り二名が初参加だ。審判歴三年の方は、
お子さんが三年生と六年生で、その下に今年一年生になる
息子さんの入団を控えているという。都合あと8年、この
生活を覚悟されているというが、とても明るくて、楽しい
クレバーな方だ。某有名電子機器メーカーで、精密機器の
メカ部分の設計をされてらっしゃるそうだ。
当日早朝、恐縮だったが、自宅まで車で迎えに来ていただき、
もう一人を神田で拾った後、大宮市にある会場に8時前に到着。
すでに60〜70人の方々が今日のために集合されている。
指導される教官もすでに10名ほどいらっしゃった。
早速、ランニングから体操に始まり、発声練習をするあたりで、
私は大きな勘違いをしていることに気がついた。
ここに集まった方々、特に教官の皆さんは、(当たり前の
ことだが)真剣である。リトル・リーグのために、あるいは
自身の趣味のためかもしれないが、素人の我々を後進として、
真摯に教えてくださっている。こちらも真剣に取り組まな
ければ、大人として恥ずかしい。それから、気を入れなおして、
講習に望んでみると、実に感心させられることが多かった。
たとえば、ストライク、ボールの判定の基本。
私も長年野球をやってきたわけだが、恥ずかしながら、
生まれて初めてストライクの定義が明確になった。
また、指導では、外角球を広く取って、投手を育てるという
育成面での方針も取り入れられていることも新鮮に映った。
大人がよい意味で子供の将来を伸ばそうと意図されている。
ストライク判定では、ホームプレートより、外角にボール一個分
外れていても、実際にはバッターのバットは十分届く。
キャッチャーが投球前に意図的にそこに構えていた場合に限り、
外角ボール一個分外れていてもストライクとなるのだそうだ。
ただし、捕手が最初インコースに構え、投球が逸れて外れた場合は、
同じコースでもボールと判断される。
現在はバットの性能も上がっているので、ストライクゾーンを
投手側に厳しく狭くしてしまうと、投手が育っていかないのだそうだ。
特に、左投手のクロスファイヤー、つまりホームプレートの
対角線を通過する投球もホームプレートの角をかすめていれば、
必ずストライクを取るように指導された。
思えば、私が野球をやっていた頃は、審判のストライクゾーンの
徹底がなされておらず、こうしたルールを活用した技術は全く役に
立ってなかった。
審判技術が向上し、ルールの基準も徹底されれば、
格段に野球がやりやすいことは言うまでもない。
逆に言えば、これが無いと、プレイヤーは自分の技術を
研鑽できないし、自信を持ってプレイできない。
当たり前のことであるが、これまでの私の野球観では
ずっと無視されていた。サポートに頼れなかったからだ。
これから私はどのように息子の野球と関わっていくのか、
正直まだわからない。しかし、このように真剣に
ボランティアとして、子供の育成に関わる大人が沢山いる
ことは忘れるわけにはいかない。
思えば、ずいぶん長い間、こうした人達と出会ってこなかった。
独身が長かったからであろうか? 子供ができ、その子供を通じて
社会に参加すると、こうした人たちとの接点ができてくる。
私は子供たちにとって、一体どういう大人になってゆくのだろう。
そろそろ私にも、そんな観点での社会参加が要求されてきた。
自分の無理のない範囲で、自らが積極的になれる分野での
ボランティア参加の形が理想だと思っている。



コメント
コメントを投稿する